NPO法人 「こえとことばとこころの部屋」COCOROOM
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ライトハウスレポート 最終章 飯島秀司

~対話の午後~(前編)

2004年最後のワークショップは、なんとも淋しかった。ライトハウス利用者の殆どが帰宅していて、私と井野さんをいれても3人しかいない。あとのひとりも、研修中の年配の晴眼者。しかたなく、私たちは椅子に腰掛け、雑談をした。その日、参加者が少ないことは、事前に知ってはいたが、やはり場は沈みぎみ。なにより自分の気持ちを"もちあげたい"と考えた私は、即興でナイロン弦のギターを弾きつづけた(ぼんやりとでも弾いていれば、大抵気分が良くなる)。私たち3人は語り合う、それぞれのバックグランドから、興味のあること、生活全般について。そのうちに、ある事を意識しなくなる。気まずさ、とか、逡巡する心の動き、とか。自意識のバランスがふっと変わる瞬間。そして、ギターを弾く私の身体も軽くなっていった。

年が明けても、金曜日はやってくる。
私はそれまで続けてきたワークショップのカタチをいったん捨てた。
金曜日の午後、ライトハウスでは、食堂を使って、『チャッピールーム』という喫茶タイムを実施していた。そこにギターを持って乗り込む。ギターのお兄さん (?)の余計なお世話である。ライトハウス側にはこの試みが自分なりのワークショップの新しい形式であり、あくまで『試験的』であることを説明した。
ジョイフルセンターの利用者さんは、半年から長くて1年で修了するので、ワークショップに慣れ、いい感じになってきたあたりで「今回で最後なんですよ」となる。私は何らかステージ出演といった目標を設定するべきだったのだろうか。各回のワークショップの時間には、重要な瞬間が確かに存在したのだが、継続性に繋げていくことがどうしても出来なかった。アーティストワークショップに必要なことは、実は生活の一部になることなのかもしれない。 チャッピールームという場を借りて、とにかくそれに挑戦してみようと思ったのだ。


~対話の午後~(第二回)

春めいた陽射しが眩しい金曜の午後、視覚障害者施設ライトハウスの仮設喫茶・チャッピールームの時間がやってきた。参加する私は自分なりのワークショップをやるつもりまんまんだが、利用者さんも他の職員さんもそんな心づもりがあるはずもない。13時すぎに着いたらまだ準備中だったので、何か手伝えることはないか、と訊ねたところ、利用者のKさんと一緒におしぼりを巻くことになった。Kさんにやり方を教わる。布を浸した洗面器の水が冷たい。おしぼりを巻くのははじめての経験だ。そうこうしているうちに他の利用者さんもぼつぼつやってきたので、ギターを持ってテーブルに着いた。コーヒーが出てくる。職員の井野さんが気をつかって、私の紹介をしてくれた。知らない人が何人もいる。以前のワークショップでは出会えなかった人達だ。私たちはコーヒーを飲みに来た者同士としてテーブルを囲む。講師と参加者という関係でないことの気楽さを良い方に活かせたらいいのだが。静かな即興演奏をするつもりでギターを弾きはじめたが、新参者への気遣いもあるのだろう、みんなの話題はどうしてもギターに集中する。「何か曲を演奏してください」という声が大勢を占めた。かつて楽器というのは曲を演奏する為のもの、と思っていた。そんな私も30歳を過ぎてからの経験を通して、楽器=曲を演奏する為のもの、とは考えなくなっていた。とは言え、ややこしい話はもちろんしない。今回の取り組みは時間はかかると覚悟している。新しいワークショップのイメージだけがあった。私は答える「楽譜があって、私が知っている曲なら、弾けると思うので、リクエストしてください」。結局その日は、沢山のリクエストトがあり、私はそれに出来る限り答えていって終わった。問題は、私がここ15年くらいの日本の唄をほとんど知らないこと。結局、懐メロばかりになってしまい、少々申し訳なく思った。

ワークショップのあいだ、お互いの“距離をちぢめる”ため、参加者全員があだ名で呼び合いました。本文中の記載も、その時の呼び名で記載させていただいております。

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