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2009年ホームレスオペラプロジェクト 結果報告書

水都大阪2009
アートのくねくね道

2009年8月31日(月)18:00〜20:30

会場:水都大阪2009 中之島公園 文化座劇場
http://www.bunkaza.suito-osaka2009.jp/

特設ページはこちらから

むすびブログから

2009年08月28日
ワークショップwithストリートワイズオペラ

イギリスで活躍するホームレスの人たちの自律のためのアート活動
「ストリートワイズオペラ」の代表者らとむすびが行うワークショップがいよいよ明日から始まる。

今回のこれはココルームさんの企画。
むすびがむすびである限り 無色透明な素材として
いろいろなものと絡ませてもらえる。
おじさんたちのピュアな感性が 誰とでも結べる
できそうで できないことだ。

今回もおじさんたち+イギリスの人+オペラ+音楽家
どんなコラボになるのか楽しみ☆

今日は空港からイギリス人のピアニスト ドムさんがエッグスを訪れた。
ニッコニコの彼の笑顔に おじさんたちは安心して
紙芝居を見てもらったり ロンドンに行った時の写真をひっぱりだしたりすでに意気投合。

別れ際には握手を求めて 「サンキュー!」と自然と口に出ているあたり
おじさんたちの適応力には ほんとうに頭が下がる。

「ほがらかな人だったな」
「明日何やるの?」
期待と不安が混じって こんな気持ちはおじさんたちを活気づける。

2009年 08月 31日
ワークショップwithストリートワイズオペラ〜WSと本番

29,30日と2日にわたって行われたワークショップでは

1. カラスのくろちゃんのテーマ曲をつくる
上田假奈代さん(詩人/ココルーム代表)作の歌詞に曲と振りをつける

2. オペラの一部分を演出する

3. 以上を観客の前で発表する

これらのタスクを1日2時間 計4時間でつくりあげることを目指した。
さらにむすびのおじさんたちは新作の紙芝居を発表しなければならない。

ワークショップリーダーはイギリスのストリートワイズオペラからドムさん。
ピアニストでもあるが リーダーとしてもとっても優秀で
真似っこゲームや 見えない蝶を手渡していくゲームで
うまくウォームアップしながら 会場の雰囲気をやわらげていく。

ドムさんの大きな表情と動きに むすびのおじさんたちはクギづけ。
ついつい体が一緒に動いて 表情がでてきて 声もでる。
おじさんたちがやるたびに「ワンダフル!」「イエス!」と褒めてくれるドムさん。

クロちゃんのテーマは 亡くなったメンバー婦木さんを偲ぶもの。
ドムさんが「どんな印象?」「どんなテンポ?」「どんなメロディー?」
と みんなに細やかに聞いて 会場の参加者から
「やっぱり夕方の寂しいイメージやな」とか
「ここは ガラっと変わった方がいいわ」など 積極的な意見が出た。
なかには メロディーを口ずさむ人もいて
ドムさんが上手に拾いながら 曲にしていく。

哀愁を帯びた でも力強い曲ができあがった。
振りもみんなで考えて 歌と一緒に動くことになった。

オペラのほうは プロのソプラノ歌手の方を囲み 参加者は群衆となってプッチーニのオペラ 「ジャンニスキッキ」より「わたしのお父さん」の一場面に取り組む。オペラ歌手の声をこんなに身近に聞くこともめったにないことだ。
イタリア語の短い歌の部分をおじさんたちも含め みんなで歌い
また振りもつくって 動く。とっても素敵で 感動的な一場面ができあがった。

本番

31日18:00 水都大阪の中之島会場につくられた文化座劇場。
約50人の観客に見守られて 紙芝居「ねこちゃんの人生スゴロク」から上演。
公には初披露なので 手間取ったり セリフ回しはうまくいかなかったけれどおじさんたちは集中して 声をだす。
紙芝居のあと 婦木さんに捧ぐクロちゃんのテーマをみんなで歌う。

 かあ かあ かあ ふるさとは あの山   かあ かあ かあ ふるさとは あの山
 はたらいて はたらいて あるいてきたよ
 気がつけば 気がつけば この道も なつかしい道
 いつか帰ろうふるさとへ いつか帰ろうふるさとへ
 かあ かあ かあ  かあ かあ かあ

力強い おじさんたちの声に みんなの声が重なって
みんなの人生が重なったような 重厚な雰囲気につつまれた。

そして オペラ。ソプラノ歌手の美しい声が響き
エスコート役や 恋人や森の木の役 役割をもったおじさんたちも
優雅に動き 群衆もうしろから加勢して エンディング…

客席から見ておられた方はどうだったのか わからないけれど
ワークショップ 舞台 をおじさんたちとやってきた参加者として
心にジーンと何かがこみ上げてきた。
イギリスからきたオペラのみなさんや 老いも若きもひとつになって
集中した時間の美しさに
自分を精一杯表現したおじさんたちの自然な姿から発せられる
命のきらめきに
感動が実感としてこみあげてきた。

歌を一緒にうたうこと とか みんなでひとつの作品をつくるプロセスを今回のように たとえば高齢者であるおじさんたちを囲みながら行うことでよけいに強い絆が結ばれたように思う。そしてそれをおじさんたち自身が強く感じたならば 人が生きる意味へのひとつの答えがそこにあるんじゃないかとみんなの輝くような笑顔を見ていて思った。

YOUTUBEで映像見れます
http://www.youtube.com/watch?v=quwfJP4csuM

2009年 09月 01日
一夜明けて

昨夜舞台でオペラを歌い 踊ったおじさんたちはどうしているのか。

朝にのぞくと 淡々と日常に戻っているおじさんたちがいた。
コップを洗って 朝の準備をしている人。
ランドリーから 洗濯物の詰まった袋をもって帰ってきた人。
2名はデイサービスの車が迎えにきて もう出かけていた。

「昨日はつかれたでしょ」とこちらを気遣ってくれる。
昨日の感想を聞くと「つかれた。…でも楽しかったよ。」とNiさん。

Adさんは「またやりたい!昨日は興奮して2時まで眠れんかった。」
Ktさんは「何をするのかわからなかったのですけど 会場に入った瞬間からみんなが自然と仲間になったもんですから…」
と語ってくれた。

医者に行ったり 買い物したり おじさんたちもやることが溜まっているようだから
今日はコーヒーを飲んで 午前中で店じまい。

おじさんたちのうっとりしたような 夢の余韻のような表情を見ていると
3日間の経験が とてもいい刺激になり
またおじさんたちはひとまわり大きくなったみたい。

ココルームのみなさん はるばるイギリスから来られたオペラのみなさん
ブリティッシュカウンシルや ラッシュジャパン 共催・協賛団体のみなさん
参加者のみなさん 観客の皆さん にとにかく感謝します とむすび一同より。

ホームレスオペラプロジェクト
スタッフの感想とココルームの雑感 2009.8.29〜8.31

もんもんと、ぐるぐると。日常と非日常と。現場と人生と。 原田麻以

私は、期間中ワークショップ会場の西成プラザと、ココルームの間を何度も行き来した。なぜか、ココルームやカマン!メディアセンターへ帰ってくるとほっとした。「今日閉まっていたけどどうした?」と声をかけられることが多い。ホームレスオペラプロジェクト中は、お店をしめていることが多かったのでみんなが心配してくれる。ここはいいなあと感じた。
ワークショップ会場には笑いが絶えず、とても楽しい雰囲気。音楽と歌声と笑い声。決してわるい雰囲気ではない。わるいどころか楽しくてすてきな雰囲気。けれどこのワークショップ会場と現場の行き来の中で、ココルームやカマン!メディアセンターの大切さを再認識したように思う。
ストリートワイズオペラで行われていることと、私たちがこの地域の地面にべったりと這うようにして行っていること。ストリートワイズオペラでは組織だてをしアーティストの育成、さらにまた組織化されたホームレスセンターへワークショップを出前し、そこには心理面専門のケアワーカーがい、しっかりとした評価体系があり、大きな舞台にあがる…というように行っていること。私たちが毎日、この地域の地面にべったりとくっついて、この場所で、日常的にワークショップという名前で呼びえないような、ちいさなイベント活動をかさね、ケアワーカー的な役割もし、悩みを聞き、ケンカをし、毎日商店街のゴミを掃き、シャッターの立ちションに悩み、通りがかりの人にドヤされながら行っていること。目の前の人の困難な状況を目の当たりにしながら、何もできない苦しさに日々さらされながらやっていること。この間の違いから学ぶことがとても多かった。
今の日本は、イギリスの30年前に近い状況であるという話があった。組織化がなされず、ちいさな活動が評価されにくい状態のままあるということ。私も、組織化や評価体系が確立がされ、現場に資金がしっかりとつき安定した取り組みが可能な仕組み作りは大切なことだと感じている。高い公共性を担保したかたちで場をつくり維持していくためには、一元的な数量評価でない質的評価がなされ、そこに資金がつくという仕組みがなければ意志だけでは継続は難しい。

しかし、組織化と評価のための効率化の中で、アーティストはアーティストのしごとを、ケアワーカーはケアワーカーの仕事を、全体をマネジメントする人はマネジメントの仕事をという役割分業の仕組みによって逆に相殺されていくもの、見えにくくなっていくものをどのようにして汲み上げていくのか。それぞれの役割の流動化、ゆるやかに現場を行き来すること、専門性を個々の中に閉じ込めるのではなく、それを超えたつながりや関わりを継続的にもつことの重要性など、自分の現場にもおもいをはせた。

3日間のお話の中で現場の悩みが聞こえてこなかったことにも、違和感があった。場や人への依存など、現場では困難な状況はないのだろうか。あるのであれば、もっとお話しを聞かせていただきたかったとおもう。

しかし、おじいさんたちが朝からみんなで集まって紙芝居を練習しようという気分なるのはドムさんやストリートワイズのワークショップのメソッドにそのパワーがあるからなのだと思う。そしてアートの力を信じる心なのだろうとかんじた。ドムさんは、ハードなスケジュールのワークショップをひとつも手を抜くことなく丁寧に行い、リーダーとしてたくさんの人をひとつにして引っ張っていく。短時間ではじめて出会った人同士がオペラと言いがたいようなオペラ作品をつくる。オペラといいがたいものをオペラと呼んでみる。オペラの枠組みをゆるやかにしていく。伝統や格式があるであろう世界のアーティストであるドムさんが、そのゆるやかさを許容していることに意味の大きさをかんじた。だからあのような穏やかで楽しい時間ができたのだと思う。

オペラのような富裕層だけが触れられるものを、市民の手にゆるやかに手渡していく。排除されおよそオペラとはかけ離れた世界にいる人たちの手にもオペラを手渡す。アートの可能性を広げる取り組みに共感した。
マットさんがこだわっていたアートの質について考えてみた。アートの「質」は見る側のもっているものによって大きく左右されるものなのではないかと最近よく感じることがある。ともみさんが以前、むすびの紙芝居の質が低いと言われたときに、お話しされたこと。80歳近いおじいさんたちが、歩くのもしんどい、痴呆もある、持病もある中、自分たちで芝居をつくり、練習をして重い紙芝居道具をもって公演にいく、そのことを質が低いという一言で片づけられないと。

おじいさんたちの劇をそういった角度から見つめること、おじいさんたちが激動の時代を生きてきた中で培ってきた味を感じること。実は私も初めてむすびの劇を見た時には、そういったことがあまりわからなかったように思う。この地域で、地に足をつけて活動し、おじいさんたちと肩をならべて日々を共に過ごす中で、むすびの紙芝居は日常の延長線上にあることを知った。むすび事務所に遊びに行くと、いつもおじいさんたちの会話は紙芝居劇のような掛け合いで本当に楽しい気分になる。そしていつ行っても私をあたたかく迎えてくれる。自分の若かったころの話を私に話してくれるおじいさんたちの語りは、そのものが紙芝居の劇のようにドラマチックであり、意図せずにも人生についていろいろなことを教えてくれる。この地で活動する私にとってむすびは本当に大切だ。そのむすびのみなさんをつないでいるもの、むすびとココルームをつないでいるものが紙芝居でありアートなのだ。

少し前のわたしは、アートを通して社会的な問題、またその背後や左右にむすびつく多くの絡み合った問題について考えることはなかった。こうして現場を持って活動していなかったら、作品自体にとらわれて、それによってあぶりだされる周囲の大事なものを見落としていたようにおもう。質というのは見つめる側の視線によって、とても多様に評価されうるものなのだということを感じた。どれが良いとか悪いとか、そういった評価軸に乗りえない多様さなのだと思う。ストリートワイズオペラを自分の目で実際に見てみていないのでわからないこともたくさんあるのだけれど、マットさんが語られていた「質」というのはアート作品として(うまくいえないのですが)の「質」に寄っているように感じられた。むすびの「質」は作品それ自体からその周囲の大切なものをあぶりだす装置にあるのだと感じる。

私はちょうどこの時期、社会的に弱い立場にある人に対して何かをするということにとても敏感になっていた。「してあげている」というものと、そうでないものの違いがどこにあるのか。こちらがいくら「してあげている」のではないと考えて行動していても、相手がそう捉えればそれは傲慢な行為なのではないのか。体がしんどいおじいさんたちに、どのように接していいか戸惑うことが何度もあった。ワークショップをするということ自体が、「してあげている」ことになってしまうのではないか、ワークショップというものがワークショップを提供する側の一方的な満足になってしまわないか、常に自問自答していた。一時的な体験はその人の中にどのように消化され今後どのようにその人の中に残るのかなど、もんもんとした感覚の中過ごした3日間だったように思う。

かなよさんが書いていたある報告書に書いていた一節、「日常もまたワークショップのよう」という感覚が私はすきだ。日常の中に「こんにちは」と声をかける場面があり、奇跡のような出会いがあり、共に何かをつくる時間や、共にいることのできる場があることの重要性をおもった。それは私たちがいなければ成立しない特別な場ではなく、私たちがいなくてもゆるやかにありつづける場や時間であることが大切なのだと思う。

釜ヶ崎にとって、ホームレスオペラプロジェクトは何だったのか。
ココルームにとって。
大阪にとって。
そして、どうつながるのか。 上田假奈代

はじまりはイギリスの旅から
このプロジェクトは2009年3月ブリティッシュカウンシルから連絡をうけて1週間のイギリス視察に招かれたことに端を発する。コミュニティとアートの取り組み、大学との連携や評価の仕組みを学んだ。そのなかでストリートワイズオペラの取り組みを主宰者のマット・ピーコックさんにうかがい、実際にホームレスセンターでのワークショップに参加した。そのときの感想はイギリスという国のもつ闇と苦悩、そこに向かう宗教性や階級社会のもつ知恵と狡猾さ、合理的な仕組みづくりを行うこと、政策に反映するアドボカシー、評価の仕組みをつくること、アートの力を信じる賢い情熱家たち、そのネットワークの豊かさ、などといった、中世から世界を牽引してきた厚みであった。

わたしは自分の現場である大阪・釜ヶ崎に戻り考える。構造化することを苦手とし、素人がさまざまな分野と横断的ネットワークをもとうとするものの業界言語の前でなかなか意思疎通できず、アートの力を信じる、と言ってもそこには確信だけしかなく、釜ヶ崎なる問題に加勢してくれるアーティストもみつからないので、独自のスタイルでホームレス詩人やホームレスピアニスト、生活保護受給者の紙芝居劇「むすび」に関わってきた。当事者性は、当事者にもわたしたちにもあるからこそ自律的な活動をめざしゆるやかに関わりつづけてきた。

横浜開港150周年の一環でストリートワイズオペラの「シークレットマイハート」の展示が9月にすでに予定されていたことから、大阪釜ヶ崎でも何かできないだろうか、という打診をブリティッシュカウンシルの湯浅さんにいただいた。4月にはいり、イギリス報告会を当カフェで行うにあたり、湯浅さんやいっしょに参加してくださったアサヒビールの根元さん、淡路島アートセンターの山口さんも駆けつけてくださった。酔っぱらいのまじる報告会は報告会の体をなさなかった。こうなることは予想されたので来ていただくのもしのびなかったのであるが、釜ヶ崎という場をみてもらいたいと思ったので「来ないでください」とは言わなかったのである。まちを案内する。野宿する人たちが並ぶ異国のような風景。紙芝居劇の「むすび」の、生活保護受給者の3畳一間の孤独な暮らし・状況にありながらみんなが集まれるあたたかなむすび事務所にも案内する。支援側のキーマンを湯浅さんに紹介する。

もし釜ヶ崎に「ホームレスオペラ」のマットさんが来てくれて、なにができるか、なにをしたいか、湯浅さんの問いにわたしは4つ答えた。1紙芝居劇「むすび」にワークショップをしてもらい、「むすび」のクリエイティビティの向上をはかること。2福祉や就労の現場にアートを取り入れることを支援側に知ってもらうこと。(福祉現場とアートの対等な信頼関係を築きたい) 3アートセクタに、アートが社会的課題に関わることもできることを知らせること 4市民にむけて、地域や社会的排除をうけている人々とアートがともにできることを知らせること。

2009年6月、マットさん釜ヶ崎初来日

報告会が終わって二ヶ月がたち、6月にマットさんが釜ヶ崎にも来てくれることになった。まちを案内し、釜ヶ崎のまち再生フォーラムの臨時勉強会を開催してもらい、そこでマットさんに事例を報告していただいた。釜ヶ崎で支援活動する人の参加は少なかった。事務局長は、ホームレスにオペラ?の疑問があったが、話をきいて、その手法のとくに一週間に一回のワークショップに興味を持ったようだ。再生フォーラム事務局長とともに「支援側に知ってもらわなあかんなあ」という課題が残った。しかし、どうやって? 

マットさんたちの次の来日は8月末。「むすび」のマネージャー石橋さんはこころよくワークショップを受け入れてくれた。マットさんといっしょに「むすび」事務所を訪ねる。マットさん歓迎ムードのなかでおじさんたちの得意な歌をうたってもらう。オペラ好きのおじさん以外はオペラって何?という感じだろうが、しなやかなおじさんたちにとくに心配はしていなかった。

紙芝居劇をつくるにあたって、担当者だけではなくみんなでつくる、という方向に転換したい時期ということもあって、ちょうどよい時期にあたると考えた。そこでこれを機会に新作紙芝居をつくろうということになった。

紙芝居劇「むすび」の転換期

「むすび」の初期のメンバーが5月末に亡くなり、連絡の途絶えていた兄弟が50年ぶりにみつかり、しかしそのために遺体は冷凍され、葬儀がとりおこなわれたのは死後一ヶ月たってからだった。「むすび」の仲間ははやく弔いの儀式を行いたかったのだが、親族の手続きでなければそれは執り行われない。結果的に家族は立ち会いを拒み、葬儀も引き受けなかった。その一連の出来事をみつめていたのは他ならない「むすび」のおじさんたちであった。

最後の別れを仲間たちと関わりのある人たちで行う様子をみて、ひとりひとりが自分の最後を思ったのは間違いないだろう。以降、おじさんたちは「むすび」の場・絆をさらに大切にするようになったと聞く。
とはいえ、紙芝居劇のほうはすこし倦怠期に入っていたのかもしれない。物語をつくる人、絵を描く人が決まっていて、絵を描く人が亡くなってしまったのだ。物語はいつもと同じ話になってしまうし、なかなか仕上がらない。

みんなで共有しながら作品づくりができないだろうか、とマネージャーのともみさんは考え始めていた時期だった。マットさんたちの来日にあわせて、亡くなったFさんの追悼の紙芝居をつくろう、ということになった。物語と絵は来日までに仕上げ、挿入する歌をワークショップで仕上げてみよう、となった。

物語づくりワークショップにはマネージャーとボランティアのOさん、わたしが参加し、おじさんたちとおしゃべりをしながら物語をつくっていく。動物が大好きだったFさん。なかでもカラスの役は鳴き声も抜群で印象的だった。猫の絵も得意だった。Fさんの描いた猫の絵を前において雑談からはじめる。「猫は屋根のうえに登ったら、自分の家がわかるんやよ」とひとりのおじさん。そこから迷子のネコちゃんがいろんな出会いを経て、カラスのクロちゃんといっしょに空を飛んで自分の家がみつかり帰ることができる、という物語の幹が決まった。「好きな動物はなに?」と聞いていく。「蟻」と答えるおじさん。「なんで?」「一生懸命歩いて行くから」。出会う動物は、おじさんたちひとりひとりである。そして、ネコちゃんが成長していく物語である。ネコちゃんが出会う動物たちが決まり、おじさんたちひとりひとりの意見が物語に反映されていく。

持って帰って、テキストにまとめ、「むすび」に戻した。そこでまた揉まれ、完成した作品はむすびのクリエイティビティを高めたと思われる。歌の歌詞についてはわたしがつくって、おじさんたちに意見をもとめた。絵もひとり二枚という約束で、ボランティアの人に助けてもらいながら、なんとか期日までに仕上がった。主人公のネコちゃんの顔がどんどん変わってしまうがそれも愛嬌。

こうして、マットさんたちを受け入れる準備はできあがった。

ドムさん、マットさんたちがやってきた!「むすび」とワークショップ 8/29(土)14:00、8/30(日)13:00

8月28日、ワークショップリーダーのドムさんが先に大阪入りした。わたしは出張で不在だったのでスタッフにアテンドを任せた。そのときの様子は聞くかぎり、ドムさん歓迎ムードでなごやかで、歌を披露したりと「むすび」のウエルカムに、ドムさんもほっとしたようだ。
そして、当日、イギリスからやってきたマットさんたちとブリティッシュカウンシル、ココルームのスタッフで顔合わせを行い、今日から三日間のプログラムを確認する。欲張りに毎日2事業が組み立てられており、スケジュールはハードだった。朝に到着したばかりというマットさんも含め、全員がにこやかにこの出会いを喜び、可能性にむけて希望をもっていると感じられた。

西成プラザの3階までの階段をあがって紙芝居をもっておじさんたちが現れた。

そして、ドムさんは大きな身振りで挨拶をして、ワークショップははじまった。見学者には若い女性も多い。主役はおじさんたちでゲームのようにリズムをとったり名前を呼ぶのだが、おじさんたちのすっとぼけた様子に笑いがたえない。

ドムさんが先導して歌をうたう。アフリカの不思議な歌。低くなり高くなり、かさなっていく声。美しい風が吹き抜けていくような。おじさんたちの頬が上気して、だんだん若返っていく。会場にあたたかな感覚が満ちる。

いったん休憩がはいり、タバコを吸ったり。おやつはおじさんたちの好物の「東京バナナ」。
次に、歌づくりである。ピアノのまわりに椅子を並べ直す。まずおじさんに歌詞の朗読をしてもらい、「どんな感じ?歌ってみて」というと、誰彼となく、口ずさむ。ドムさんはそれを聴き取り、鍵盤を鳴らす。「こんな感じ?」「こっちとどっちがいい?」「ここは二回くりかえしませんか」適切なアドバイスをいれながら、おじさんたちの意見を尊重する。何度か繰りかえし、最後のワンフレーズだけドムさんの宿題となった。
最後に、ミニオペラをつくる。プロのソプラノ歌手にプッチーニのオペラの一節を歌ってもらう。その歌声に会場中うっとりする。「どんなイメージをもちましたか?この歌の場所はどこでしょう?」おじさんたちは答える。「バルコニー」「森のなか」ドムさんは「すばらしい!そうです」と答えていく。始終ドムさんは会場のこの場を安心できる場としてつくりあげていく。そして、この外国語のオペラの物語はおじさんたちの物語になっていく。これをもとに振り付けが考えられていく。「みなさんは森の木です。揺れています。」

おじさんたちに配役が与えられ、いきいきとおじさんたちは演技をしていく。通訳のHさんもドムさんのような身振りでいっしょになってファシリテートしてくれる。おじさんたちの体力を心配していたのだが、2時間、集中力はとぎれることがなかった。

その翌日のワークショップにおじさんたちに疲れがでやしないか、気がかりでもあったのだが、午前中に紙芝居の稽古を二回もしたという。前日のワークショップに触発されたというのだ。楽しみにいている様子が伝わってきて、こちらまでうれしくなる。

また、ゲームからはじまる。昨日のことも覚えているのかごちゃまぜになりながら、笑いがたえない。そして昨日つくった歌に振り付けをつける。おじさんたちは「こんな身振りだ」と言うと、「やってみてください」とドムさんが促す。「すばらしい!」おじさんたちのアイデアは見事に昇華され、振り付けられていく。

歌と振り付けが完成し、翌日の「水都大阪2009」で発表する準備が整った。即座に、見学者にも明日の発表にはいっしょに舞台にあがってもらおうと決めた。おじさんたちだけに舞台にあがってもらうつもりだったのだが、せっかくの発表の機会だから、と思ったのだ。ドムさんに伝えると、一回目は「むすび」が歌い、二回目に全員で振り付け付きで歌おうということになった。

そして、ミニオペラのおさらいをし、振り付けを完成させる。おじさんたちはまた若返ったようだ。

ワークショップ連発 8/29(土)19:00、8/30(日)16:00

「むすび」一回目のワークショップののち、夜19:00から船場アートカフェで「地域AM講座 特別編」でマットさんのお話とドムさんのワークショップを行う。アートマネジメントを志す学生やアートマネジメントに興味のあるシニアが参加者である。大学の先生たちもいる。マットさんのお話はアートが社会的課題と向き合うきっかけや確立した手法が語られていく。そして後半のドムさんのワークショップでは実際に身体を動かしていく。ワークショップリーダーに乗せられて、ほぐれていく会場。最後はグループにわかれて歌と振り付けをつくっていく。大学教授も学生も老いも若きもいっしょになって、みんなが笑っているというのがいい。

「むすび」二回目のワークショップのあとは、同じ会場で「イギリス・ホームレスオペラのワークショップ基礎デザインをまなぶワークショップ」(主催:大阪市)。参加申込者は少なく心配していたが、ダンサーや研究者、アートマネージャーなどの当日申し込みが多くにぎやかなワークショップとなった。ひとつひとつのメニューを、これはこんな効果があるから自分は好きだという説明を加えながら、3時間という長さもあっというまであった。ココルームによく来ている知的障がいのIさんもやってきた。彼が自然と場になじんでいくようドムさんの細やかな心配りもあって、Iさんはとても楽しかったそうだ。

水都大阪2009で「むすび」の本番 8/31(月)18:00〜20:30

会場下見もできないほど、ばたばたしていた。行ってみると、川にむかってギザギザの筒状の大きなハコがあった。これが本番の会場である。風通しのよい手作り感のある雰囲気、客席の椅子はバケツ。もってきた段ボールの飾りもよく似合う。参加申し込みもそれほど多くなく、会場を埋め尽くせるのか心配だったが、こじんまりした場内にこれなら観客が少なくてもものさみしい感じはしないだろうとほっとした。チラシを貼ったりしながら、歩いて行く人にも声をかける。

「むすび」が到着して、練習をはじめることにする。ドムさんはさっそく大きな楽しい声で呼びかける。いきなり練習をするわけではない。まずウオームアップとしてのゲーム。むすびのみんなは「待ってました」という感じでのっていく。通訳さんも元気いっぱい。そして、歌の練習。そこへコスゲというアーティストが着ぐるみをきて、取材にやってきて、(まだ取材もはじまっていないのに)大泣きして涙をながしている。このおじいさんたちが何者なのか、元ホームレスで、とか、家族がいなくて、とか、何の説明もないのに。何かが彼女のこころを揺さぶったのだ。

ドムさんはこまかなチェックをしながら、おじさんたちに重要な点を伝えていく。立ち位置のチェックやワークショップでは行わなかった最後の挨拶の仕方。最後はたっぷりと時間をかけて、といった舞台公演のシメ方を何度か繰り返す。さすが手抜かりがない。
こうして本番にむけて、ボルテージがあがっていく。

18:00シンポジウムの挨拶をして、「むすび」の新作紙芝居がはじまる。新作公演なので、失敗もたくさんあるが、「むすび」はそういったところも味わいであり、マネージャーやボランティアがお面をとりかえたりするのも自然でかわいらしい。月曜の18時だというのに、会場は立ち見がでるほどいっぱいになっており、「むすび」ファンが駆けつけ、当日参加や通りすがりの人もたくさんいるようだ。

そして、紙芝居が終わってから場内からもうしあわせて舞台にあがる。最初はおじさんたちだけで歌い、そして二回目はみんなで振り付け付きで高らかに歌う。そしてミニオペラ。おじさんたちは自分の役を演じきり、場内は大きな拍手につつまれる。
おじさんたちひとりひとりが自己紹介やすっとぼけた挨拶をして、マネージャーの石橋ともみさんがコメントをする。ドムさんもお話をして一部は終了。

「むすび」のメンバーの就寝時間ははやい。いつもなら寝ている時間だろうに、おじさんたちは会場下でお客さんや一緒に舞台にあがった人たちと話をしていてなかなか帰らない。名残惜しそうに手をふって、バラ園を横切って釜ヶ崎へ帰って行く。

二部はマットさんの「ストリートワイズオペラ」の事例報告。そして釜ヶ崎の事例を報告し、トークセッションを行う。前日に総選挙があり政党が変わったばかりの日本である。政治とマットさんとの活動はどんな関係があったのかという質問があがる。イギリスに比べて日本の状況は30年遅れていると聞き、これから日本で必要なことは何だろうか、とマットさんのほうから質問がある。セッションに参加した人からはいくつかの視点での答えがあった。

大雑把に、
1、アーティストの意識の変化、働き方を考察すること
2、多様な取り組み
3、研究
4、 仕組みづくり
5、ロビー活動・政策提言 

こうして、20:30にシンポジウムは終了し、ばたばたと片付け、新聞取材をうけているマットさんを残し、わたしたちは次の企画のために釜ヶ崎に。ドムさんたちはホテルへ戻る。

マットさんに聞いてみよう!8/31(月)22:00〜

アートNPOリンクとの共催で開かれたこの企画は、動物園前一番街のカマン!メディアセンターで行われた。インターネットで中継しながら、後に編集をしてテレビ番組風のコンテンツにし、ネットで閲覧できるようにすることを目的としている。マットさんの経験やことばをネット上でアーカイブすることによって、いつでも参照できるようにという試みだ。
会場設営をし、観客に質問を考えてもらい、マットさんが登場すると、質問者がその隣にすわり対談風にすすめていく。深夜番組のような時間帯であるにもかかわらず、アートマネージャー、教員、福祉にたずさわる人など、たくさんの人が来てくれた。商店街を通るおじさんたちが覗いていく。

たとえば、イギリスで行われている「ストリートワイズオペラ」のワークショップの手法を詳しく尋ねる人がいる。マットさんは「これはわたしたちのやり方であって、日本でこの方法がベストかどうかはわからないし、むしろ日本のやり方をさぐる必要があるのでは」といったやりとりがあった。政治的なこと、お金のこと、なかなか聞けないようなことが語られた。

ふりかえって。これからどうするのか

今回のプロジェクトをふりかえり、いくつかの項目に整理していかなければならないと考える。多様な視点や取り組み、社会化が必要とされることであり、この事例は可能性はあるがまだ未分野であり、評価がさだまっていない。現場から政策レベルまでのプロセスをきちっと整理すると同時に、「物語」として紡がれていくもの、大地に根をはるようなものとして、しなやかにつながっていくものでありたいと考える。

現場として考えられること

1 他分野との恊働

釜ヶ崎の場合、当事者は日雇い労働者、野宿者、生活保護受給者(及び年金生活者)という状況があり、それぞれに置かれている状況が異なる。しかし、仕事がないこと、年齢、病気や怪我などで、立ち場が変わることも多いにあり得る。いずれにせよ、単身男性が多く、孤独な状況であるといえる。障がいをもっている人も多い。そういった状況をふまえ、福祉的アプローチはもちろんのこと、メンタルサポート、就労や社会参加の機会の創出など、網の目の支援が必要だといえよう。しかし現状はそれらの調査や横断的なネットワークが不十分ではないだろうか。包括的な体制づくりが急務であろう。そのさい、分野の異なる個人や組織が互いを恊働相手として対等の信頼関係をきずくことが大切である。

2 場作り

釜ヶ崎には、公共性が担保されたコミュニティスペースが少ない。路上がその機能を果たしているのだろうか。暴動防止のせいなのか、寄り集まる場が少ないように思われる。
イギリスのように「ホームレスセンター」が何百とあるわけではないが、それでも教会が運営するスペースやNPOが運営する食堂や喫茶店、大阪市立市民館などがあり、そういった施設と連携することはできないのだろうか。

また、単身男性の問題に目がいきがちであるが、こどもや女性がこのまちのマイノリティであるように思われる。そういった人たちもエンパワメントされる場や機会がつくられる必要もあろう。

3 アーティスト、アートマネージャーの育成

マットさんがいうところの「アーティストも社会貢献したい」という気持ちもあれば、アーティストが社会的排除をうけている人たちとともに表現するときに見いだされる「表現のちから・生きるちから」に魅せられることもある。いずれにせよ、アーティストの活動のジャンルとして、ワークショップを行うことや専門的訓練をうけていない人たちとの恊働作品づくりなどがあることを知らしめ、そのための訓練の場があればよいと考える。アートマネージャーにも同様のことがいえる。

4 研究〜評価と言説

こういったアートの取り組みによってその人にどんな変化がもたらされたのか、を検証し、評価をおこなう必要があろう。自尊心の高まりや他者と信頼関係をもつようになったのか、自己や他者への配慮をするようになったか、結果として就労につながった、野宿から畳のうえにあがったなどということがあげられるかもしれない。生活保護受給者の場合であれば、生きがいづくり、仲間との助け合い、病気の予防(医療費の軽減)、アルコールやギャンブル依存症からの脱却、地域(社会)参加、地域の防災減災などといった効果もあげられるだろう。しかしこういった調査は当事者との信頼関係がなければできるものではなく、また長い時間のかかるものであり、恊働相手として研究者やケアワーカーとの連携が必要である。

5 ロビー活動/政策提言

活動をとおして生まれた成果をもとに、政策に働きかける必要がある。それは活動のための人員確保、人材育成、事業費、管理費の獲得につながり、より安定したかたちで事業の継続を行うためである。事業のための事業ではなく、人がつながり生きるうえで表現を介した取り組みの有効性がさまざまにいかされるための仕組みをつくりあげることを目的とする。そのためには行政や政治家を説得できるためのデータ作り、メディア、人脈作りが必須である。

ストリートワイズオペラと釜ヶ崎むすびの詩

砂の風が吹く釜ヶ崎は
日本という国のなかで
透明な塀に囲まれているようだ

男たちは工事現場で太陽に灼かれて働き
酒を飲み
家族をもつことなく
歳をとり
失業し
路上で眠ることもある

2009年夏 
3人の「ストリートワイズオペラ」のイギリス人が釜ヶ崎にやってきた
主宰者のマットさん
アーティストのドムさん
マネージャーのスージーさん

2002年からホームレスの人々と週に一回オペラのワークショップをつづけ
年に一度公演をする彼らは 
この夏 釜ヶ崎で「むすび」にワークショップをする
市大や水都大阪2009などで「ストリートワイズオペラ」の事例の報告をする

「むすび」は紙芝居劇をするおじいさんたちのグループ
ホームレスの経験をもつ人もいる
生活保護をうけ 三畳一間の暮らしのなかで
ちいさな事務所に集い
仲間といっしょに 
マネージャーのともみさんやボランティアの若者といっしょに
ゆっくりぼちぼち活動している

「ストリートワイズオペラ」と「むすび」
この出会いは 奇跡の星でやさしい花が咲いたよう
ことばは通じないけれど
名前をよび
うたをつくり
ちいさなオペラをつくった
あたたかで 笑顔があって
ひとりひとりの人生の花が咲く

どんな人生を生きようと
なんどでも であいなおせる

帰ることのないふるさともあれば
仲間のいるふるさともある

この総括は未来のために

本プロジェクトがしめすものは、コミュニティアートの現場と仕組みづくりへの示唆であるととらえている。まだ未整備な状態であるが、つぎにつながるものとして考えたい。

スタッフの原田が直感的にとらえている「日常という継続性」と、アーティストとともにつくるハレの舞台、つまり「活動を他者と共有する」こと。このふたつの組み合わせがポイントなのではないだろうか。

福祉や支援の現場は日常を支えるものであるが、膨大な業務、政策や制度にふりまわされがちであり、またコンプライアンスが高まっていることも、あらたな挑戦に踏み出せない現状があるだろう。その縦割り的なありかたは生活支援や就労支援、社会参加の機会の創出など、さまざまな回復のプログラムとうまく組み合わさっていない。そのため横断的な取り組みを行うための、各セクターがおなじテーブルにつく機会をつくっていき、そしてアクションや予算化など、仕組みをつくる必要がある。

アートセクターは市場のなかで存在するアートやアカデミズムにあるアートにはすでに見地があるが、社会やコミュニティに関わるという事例をもたないために、その取り組みへの支援や人材育成、仕組みづくりに乗り出せていない。欧米だけではなく、韓国やマレーシアなどのアジアでは社会問題に積極的に関与するアーティストが少なくない。アジアのこういった取り組みについても調査し、それらの事例を日本に紹介できないだろうか。全国のなかで数少ない活動家・実践家/団体の取り組みを調査し、ネットワーク会議やフォーラムなど開催できないだろうか。

福祉セクターとアートセクターの分断性や縦割り的な社会を前にして、「イギリスの30年前のような日本」とマットさんに指摘されたわけだが、しかし、NPOや市民活動もあり、そこで生まれている萌芽もある。地域で孤軍奮闘がちな活動を社会化する取り組みにつないでいくことによって、30年を短縮し、日本モデルを創出できる可能性があると信じる。