COCOROOM 特定非営利活動法人 こえとことばとこころの部屋
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P.P.P.P.C.B.N.経過報告書 2004/3〜4

「まぁー、最低3回はやりますから。」 狛犬な夜 ブッキング担当:狛犬マキ

と見通しも無いのにそんなことを言って、会場費の値切り交渉から入ったと記憶する「狛犬な夜」。
  1. 世間に流されず地道に音楽活動を続けている僕の友人・知人達を集めてライブをする。
  2. ステージの転換にマイコレクションとも言える狛犬スライドショーを挟み、観客と出演者を一気に狛犬の世界へと引きずり込む。
という、公共性もへったくれもない個人的思いつきコンセプトのライブ企画であるのに、多数の出演者と観客に恵まれ、ノルマ3回を無事終えることができました。
総体的に評判も良し。しかもオール黒字公演。
そしてまた反省も見通しも無く「狛犬な夜」は続きます。7月24日。



■“総合的”であることが目的ではない。その先にあるものへ 報告者:阿佐田亘(a.k.a.大和川レコード)

  • イベント自体が“総合的”である目的は…“出演者の芸”という対象の“提示の仕方、置き方”、これを実験できる処にある。
    さて、本テーマの後半だが、この場合、イベント全体における“出演者の芸”は、文脈中の一文の意味に例えられる。つまり、その文脈如何で文章の持つ意味が変化するように、前後の共演者のパフォーマンス如何によって、自らの表現が、甲にも乙にも捉えられるということ。これは1ジャンル、1出演者による単独企画では味わえない総合イベントならではの長所と言えるであろう。

    アーティストという存在は、極めて個人的な考えを公の場で発表することで、はじめてアーティスト足りえる。そして本来は、その“公”というフィルターにより、作品の解釈は観客に自由に委ねられるべきなのだ。しかし、その自由な認識というものが、我々の気がつかない間に、アートにおける常識や固定観念によって妨げられつつあるのもまた事実なのだ。

    だからこそ、P.P.P.P.C.B.Nで僕が試したいのは、総合的に表現をレイアウトすることで、1つの表現ジャンル(音楽、美術、映像、詩、ダンスetc…)での固定観念を壊し、観客の頭の中に先行するイメージをスライドさせてみる、組み替えてみる、という作業なのだ。

    “狂言”に出順挟まれての“フォークソング”が、なんだか錯綜しているかに見える様。
    実際に困惑、錯綜しているフォークシンガーの某氏…。ああ、何か考えているのかな…。
    最終的には、アーティスト自身も自らの表現を再編成できる場、そのような場となるイベントにしていけたらと思う、今日この頃である。

■……プディング斎(P.P.P.P.C.B.N.ディレクター)


2004/ 3/ 9

嬲 -なぶり-(おっさんの群れ vs 朗読女)

  • ココルーム代表、上田假奈代+あぶらなぶり=假奈代なぶりというユニット名になるが、それにゲストが入ると「嬲」というユニット名に変貌。怒濤のフリージャズの爆音の中、負けてたまるかと絶叫の連続。耳をつんざく悲鳴にも似た朗読は、すでに、言葉を聞いて欲しいと言う行為を逸脱しているように思える。「いいかい、眼に見えることばだけを聞いていちゃダメだ。こころで、からだで感じるんだよ!」観客騒然。「へぇー、そうだったんですか。」感心。

杉浦貞(紙芝居じいさん)

  • 路上、公園で紙芝居してもいいという、公のライセンスを持つ、関西圏でただひとりの男「杉浦貞」登場。紙芝居というものに、その一生を捧げた男のパフォーマンスは、わがままでかたくなな、男の人生そのもの。自身が、昭和という激動の時代を生き抜いて来た。という証が1編の紙芝居に集約される。しかし、自分がいのちをかけて伝えて来たものだから、素晴らしいに決まっている。大宇宙の生命エネルギーを子供達に伝えるには紙芝居しかない!と、断言されてもなぁ。

岸昆虫(むしむしダンス)

  • 自身が、劇団「ウラナチ」を主宰する完璧主義者「岸昆虫」登場。この日も、他の誰よりも早く会場入りし、リハーサルとセッテイングに2時間かける。ココルームにある照明設備は、舞台用としては設計されていないため、照明器材と照明スタッフを持ち込む徹底ぶり。ステージのクォリティは流石。関節の動きや、微妙な揺れ、簡単そうに見えるが、実はそうではない腰の上下で、昆虫のような不思議な動きを表現。普段からの、たゆまぬ練習あればこその舞台。拍手喝采。

勝野タカシ(どうもすばらしいらしい)

  • 某大手音楽事務所に所属し、プロとして、演奏、作曲に従事してきたテクニック大王「勝野タカシ」登場。プロの仕事として、大好きな音楽にたずさわり、「来月までにラブソング3曲と、ロック2曲、あとレコーディングが3件ね。こんな感じでヨロシク」と、音楽マシーンのように働き、「俺は、音楽が好きでやっているのか?それとも、金もうけのために、やらされているのか?」という甘っちょろい、ジレンマを乗り越えて来た者だけが持つ本身の演奏。壮絶。すごい。



2004/ 3/15

あわ屋(ジャパトロニクス)
  • 篳篥(ひちりき)と三味線をフィーチャリングしたエレクトロニクポップ?とでもいうのだろうか、インチキな雅楽の趣。真面目に準備して、ちゃんと練習して、お客さんに見せれるだけのクオリティにしているにもかかわらず、拭いきれないインチキ臭さが最高。近年稀に見るバカバカしさ。先祖代々、雅楽を継承してきた人達が見たら大笑いするに違いない。「そうそう、伝統や権威なんてそんなもんだよ」と。秀逸。

もぐらが一周するまで(あこがれ音楽)
  • エレキギターを、様々なエフェクターに繋ぎ、自分で出した音を伴奏に演奏する。独りギターオーケストラ。次から次に音を重ね、共鳴音の洪水の中、自分の爪弾くべき音を探す。子供の時に隠して忘れてしまった宝物を、大人になった今になって探してみました。夏休みの時のお昼寝って最高だよね。といった趣き。別に夏休みがどうとか一言も言ってないけど。

STYLE(NPO法人会計ユニット)
  • NPO法人ビヨンドイノセンス会計登場。「あのなぁ、経済観念と、社会性が欠落したミュージシャンばっかりで運営しているNPO法人の会計すんのが、どんなに大変かわかってんのか!」と、まるで普段のうっぷんをはらすかのような、激しい演奏。客席には呼べるだけの知り合いのお姉ぇちゃんを呼び、黄色い声援を要求。御苦労さまです。大変なんでしょうね。心中お察し致します。体に気を付けて、これからも頑張ってね。チャオ。

PLANET JUICE(エレクトロニカ)
  • 兄弟ユニット「PLANETJUICE」登場。はっきりと聞くのを忘れたが、絶対YMOが好きに違いない。ラップトップ=ノートパソコンに繋げた様々な電子機器で、ノイズのような、微妙な揺れを持った音場を表現。曲としてのテンポや、メロディなどはそこにはっきりとは感じられないが、お互いの音に耳を澄まし、パソコンのデータのやりとりで、即興的に音場構成を行う試みは興味深い。うーん、プラネット。

tricomi(東京からの刺客)
  • この日のP.P.P.P.は、普段P.A.を担当しているタマコ姐さんの「私だけのtricomiが見たい。ウフッ?」というわがままから始まった。ちゃんと事務所に所属していて、プロとして活躍しているミュージシャンを招聘するのに、レコ発ライブとも謳わず、HPでの宣伝も(東京からの刺客)。真剣なんだか、何なんだか。演奏の方はもう間違いなし。普段の生活の中に隠れている狂気をえぐりだす歌詞。キモおもろいとはこのことか。

江剛成(トロンボーン vs サックスコンビ)
  • 箕面深山、止々呂美山中からの刺客「江剛成」登場。いつもは箕面の山奥で、猿を相手に演奏している彼等だが、今回は人間を前に演奏(うそ)。メンバーの岩田江は、もうひとつのデュオ「SUMIDA」では観客を煽り、笑わせるだけ笑わせるが、「江剛成」では泣きのサックス本領発揮。相方の弘兼剛も、誠実に真摯に演奏。風貌、風体や、膨らむ両頬、真っ赤な顔、汗だくの熱演や、激しく前後する腹など、見た目にユーモラスな部分は多い。が、誰ひとり笑わない。笑わせる時は笑わせる。泣かせる時は泣かせる。プロの、聞かせる技術、神髄を見せられた。

アプリケーション・エラー(ライブ)
  • この日は、P.P.P.P.史上最多の出演陣となった。そのため、馴れているスタッフにも戸惑いが多く、何度も小さなミスを犯した。その度に、初出演で、初ライブの「アプリケーション・エラー」にしわ寄せが行く事となった。押しに押した最後の出演順、終電の為、パラパラと帰り行くお客さん達を前に、泣き言や、不満を一切言わず、走り回って、疲れ切っているスタッフを、やさしくねぎらう事さえした。彼女達の初ライブは、一杯の練習の成果とたくさんの友達の優しさ溢れるライブとなった。ありがとう!
     




2004/ 3/19

scenery/風景vol.1イファ&Traditional Speechプロデュース

  • イファ(目を閉じれば浮かんでくる)
  • nein titel female(from Surf Spiro + nayuta)
  • エスエフ・ソロウズトリオ(from 映糸 + 景砂スペースサイケデリックブルースバンド)
  • connect to your mindscape(Bobolops+Looop+GAS+nodako+QVO)




2004/ 3/23

望郷アギョウ村(サイケデリック語り部ユニット)
  • 詠う[妖怪1本ダタラ]「望郷アギョウ村」登場。変なモップのような仮面?を付けた二人のヴォーカルが、微妙にズレる詩?というよりは、韻を踏んだリフレインに近い。またその韻をディレイに通し、一度発せられた声は、空間を消える事なく移動する。別の意味で言葉にいのちを持たせる試みに感じられる。声は言霊[コトダマ]。サイケデリック言霊ユニット。ワニはワニゆえにワニ。うーん、アギョウソン。

SUMIDA(坊主二人組)
  • ドラムの井崎から「すまない、目眩がして動けない、今日の出演キャンセルするかもしれない」と、死にそうな声で連絡があったのが、リハ時間を過ぎた頃だった。「僕がソロで繋ぎます」と、コンビの岩田が決断したが、彼は病院からココルームに直行。「スネアとハイハットだけしか持って来れなかった」全員が心配する中「何とかする」と、ステージに上がる。演奏はいつも以上にハイテンション、観客大喜び。スネアとハイハットも、表現を、より鋭くするために必要なミニマムセットに思える。ステージから降りてきた彼等は、いつものように共演者に囲まれ握手攻め。ニコニコ笑う彼のTシャツの背中が、汗でグッショリ濡れているのを見た。「もうできません。無理です」から発揮するのが真の実力。知り合いにドラムの人がいたら聞いてごらん。スネアとハットだけで何ができるかを。真の実力者はいかなる状況条件下においても結果を残す事を証明。感動。っていうか仮病?

PARANOIA 106(ものすごいテクノ)
  • クラブシーンで活躍する[ものすごいテクノ]、「PARANOIA106」登場。ステージ上に机と椅子を置き、パソコンを前にほとんど微動だにしない。MCもなし。いろんな有名アーティストの音楽や構成を担当しているだけあって、音の幅が厚い。音色、素材を1個作るのに、どれだけの労力と時間を掛けたか考えると気が遠くなる。途中で細かいボケ(そうとしか思えない)を連発し、客を笑わせるのは関西人として頭が下がる。

ラブハンター熱い肌(妖怪カナちゃんの大親友)
  • 京都からの刺客[踊るお色気爆弾]「ラブハンター熱い肌」登場。日々練習を重ね、振り付けを研究し、衣装も自分達で作る。好きだから、みんなに喜んでもらいたいからこその表現。修練を重ね、研鑽を積み、研ぎ澄まされた匕首を喉元に突き付けられるかのような命がけの表現だけが表現ではない。肩の力を抜き、ホッと一息という事も必要だ。いい意味での手作りの表現。今度出演の際はミラーボール、ピンクの照明用意しておきます。

nova express + 藤堂悠貴子(空間言語結晶化ユニット+サインパフォーマー)
  • 「食品会社の作業服なんです」と、お揃いの白装束で登場。揺れる水面の上に、大小の文字が踊る映像に被さり、ものすごい勢いでサイン=手話を繰り出す藤堂。懸命に、必死で何かを伝えようとしている。それはきっと、とても重大で大切な事だ。しかし、私は彼女が一生懸命伝えようとしている事の、一片のかけらさえ、理解する事が出来なかった。世の中には耳の聞こえない人が大勢いて、その人達と会話するために手話という方法があるということを知っている。しかし勉強してこなかった。自分や、自分の大切な人が手話を切実に必要としない限り、自分から学ぼうとしない心の溝の、無責任なまでの深さに愕然とした。私達観客は、演者のパフォーマンスを通して自分自身の心象風景を見る。嘘じゃなく、本当に涙がでた。藤堂のサインが、という事ではなく、演奏、映像、雰囲気、テンション全てが、作品としての完成度を持っていた。P.P.P.P.の奇蹟。
     

2004/ 3/27
PPPPCBNWvol.2阿佐田亘(大和川レコード)プロデュース

ばきりノす(憑依する物の怪。彼女達は唄うたい)

  • このアーティストは面白い。まず、小手先ではない大胆さがある。
    楽器もほとんど用いず、ただ二人で歌いまくる。
    方法論的には決して新しいわけではないけど(むしろ超原始的!?)、そんな「新しいことやっています!」みたいな自意識なんぞ、彼女達にとっては何処吹く風。
    今後どのような活動を辿るのか、気になる方々でした。

西森光枝(伝説の人生講座)

  • 以前にもP.P.P.Pに出演経験がある西森氏。その芝居に対する真摯さは今回も爆発。
    “現代社会の性悪説“とでも言うべきテーマの芝居は、なんと講義方式。
    観客に向かって生声で、ヒトラーのごとく熱い演説を繰り広げておられました。
    思うにこの日の4組の中で、最も観客の注意力を_んだパフォーマンスであったのではないでしょうか。

細胞文学(まるで会話のようなアンサンブル)

  • ギター、チェロ、声。すべてが何かの記号のように並べられていくアンサンブルデュオ、細胞文学。彼らのアンサンブルには“無駄”が多い。その“無駄”とは決して否定的な意味ではなく、例えるならば「デジタルな視点から見たアナログの」無駄さである。彼らの出す小さな摩擦音、言葉でない声、時に巨大な破壊音。全てを聴いて初めて理解できる非常に繊細な音楽。
    とか小難しいこと書きましたが、意外に素晴らしくポップなのです。是非お試しあれ。

Kalna Katsoum(空間征服サウンドプロジェクト)

  • 「舞台空間を創り込むこと」。サウンドアーティストである彼女、カルナカツゥーム氏は、聴覚のみならず、空間全てを提示するライブインスタレーションの作家でもある。
    この日のライブは、映像作家の濱田裕司氏とのコラボレーション。ある楽曲では、映像内にアニメーションとなった彼女自身が登場する場面も見受けられ、非常にバーチャルな空間が生成されていた。“聴く”というよりは“体験する”ライブを、観客の方々にも感じ取って頂けたのではなかろうか。



2004/ 4/ 6

河野宏子(語るべきコトノハ)

  • 記念すべきP.P.P.P.100人目の表現者。計算や構成ではなく、100人目が詩の朗読というのは、詩を大切にしている場所としては、ホッと胸をなで下ろすところ。肝心の内容は、毎日の生活の中から切り取られた心象風景群。自転車漕いでギーコギーコ。チビで悪いか。会社から帰って、お風呂にはいって。うーん、ポエトリー。

cinecova(鮮烈なる純映画)

  • P.P.P.P.初の自主映画上映。[凪]、[4分の3の青空]の二本立て。この日のP.P.P.P.は予期せぬ形で映像3組、詩の朗読2組、幕間音楽1組の参加となり、非常にバランスのとれた構成となった。うまい具合に出演調整しますねえ。と、感心されるが、これは全くの偶然だ。たまに、信じられないぐらいの共演の妙が楽しめる。これはP.P.P.P.の奇蹟だ。

デジコジ(NPO法人の偉いさん)

  • NPO法人「大阪アーツアポリア」理事登場。自身がアーティストとして、また音楽ディレクターとして赤レンガ倉庫で活躍しているのにも関わらず「一人の表現者として何かして下さい」との依頼に「一人の酔っ払いとして参加します」と、出演を快諾。ラップトップミュージックの第一人者なのに「ココルームでは映像でやる」とチャレンジャー魂を発揮。リハでさんざんやった事と、本番でやる事が全く違うばかりか、全てがお約束、許容範囲内。真の達人は共演者やスタッフ、P.A.さんを笑わせる事も忘れない。抱腹絶倒、ボケの嵐。お見それしました。あなたはすごい。

    なにデジ(贋絵師町)

    • NPO法人「記録となんたらの組織REMO」理事登場。最終打ち合わせで、「出演?出演なんかしませんよ」とのたまい、関係者をパニックに陥れた。でも、よく考えて欲しい。映像作家は作品の上映をするだけで、自身が出演するわけではない。関係者一同、既成概念や固定観念を打ち破ろうと言っているのに、底が浅かったと反省しきり。ひょうひょうと、人をけむに巻く一貫したスタイル。作品群のクォリティはさすが。

    ヒロタコウジ(出演すらしません)上田假奈代(代役出演)

    • P.P.P.P.初の欠席出演者不登場。病気で入院したらしいという情報にも、本人から欠席の意思表示がない以上、出演時間までスタッフ待機。出演当日まで、連絡が取れなかったり、出演時間ギリギリに飛び込んでくる出演者も少なくない。この日も、もしかしたらと、待ち続けたが結局欠席。「デジコジ」と、上田假奈代の即席コラボレーションで切り抜けた。

    APRIL POOL(バタフライで25m×10本 音楽)

    • 「幕間、幕間の転換時に何回かにわけて演奏できないか」メンバーのスケジュールが合うのは4/6なんですが。と、連絡をもらった時は愕然とした。この日のP.P.P.P.は偶然にも映像と詩の朗読だけで一杯だったからだ。しかし、幕間なら何とかなる。それも音楽!これは小さな奇蹟だ!と、本気で思った。スクリーンの後ろに陣取り、ドリフの全員集合の、回り舞台が回転する時の転換音楽とったら分かるだろうか。本当に最高!



    鍵付きの坂道の夜

    • 河野宏子さん(27歳)がマイクの前に立って
      日記を読んでいる
      その表紙のオレンジの色を どこかで見たことがあるな
      と おとといの夢を思い出すように マシンをたちあげ
      煙草の尻をたたく

      ネーブルの皮に爪をたてると
      甘酸っぱいインドシナの海峡を渡って
      白い帆をあげた舟が海岸べりをすすんでくる
      波のしぶきが デスクにかかり 
      デスクの上のみどりのコースターの上の氷が 
      かち と鳴る
      氷が階段を降りる
      4Fから3Fへ 3Fから2Fへ
      踊り場で向きを変え 記憶のなかにある 夕暮れへと
      降りてゆく

      万事がこの調子で 今日いちにちも夕暮れた

      河野さんには まだこのはなしはしていないが
      河野さんが読んだ日記の 2004年の3月のあの日の夕暮れを
      河野さんが踏んだ自転車のペダルが回転していく坂道の
      速度で 夕暮れに踏みこんでゆくのと同時に夜がひっぱられるとき
      わたしは和歌山にいた
      爪の先まで 近づいてくる夜の海の前で さかのぼれない時間に
      鍵をかけたことももう 忘れて
      いっしんに坂道をくだった 

      鬱蒼とした夜がせりあがり
      風に鳴る松林の向こうに
      暗い色をした塔が頂上にみえて 鉄の音で 
      おおきな鍵をまわしたような音で
      がら がら と 風車がまわる
       もう何もかんも ええんやで 
      そんな顔で死んでいった祖母の
      ふるえる指先に 冷えた夜がからむ

      今日もまた 鍵をかけ忘れた坂道を
      夜がかけおりてゆく




    2004/04/11

    OMM-PAH(トランペット二人組)

    • 魅惑のトランペットデュオ「OMM-PAH」登場。「オンパーと呼んで下さい。」「えっ、ウン・パァッですよ」と、微妙な噛み合わなさ加減。ボケているのか、本気なのか。 8小節とか、12小節の短いフレーズを吹いて、しばらく間をあける。この間が絶妙。吹く前の「ハァッ」と、息を吸う音や、バルブのカチャカチャいう音も、パフォーマンスとして効果的に成立している。なにげにヒョイッと、ハードルを 越えてみせるが、そのハードルはとても高い。やるねぇ。

    本当の子供達(発掘)
    • 舞台上の椅子にラジカセを置き、客席上に携帯電話につなげた送信機を置く。演者は会場の外に消える。かなりな時間、無音状態が続く。会場の外から携帯電話をかけて、その音をラジカセに飛ばし、リアルタイムの環境音を音楽にしてしまおう。しかもそれは携帯電話なので、客席と演者が、話す事で相互通信もできる!『おーい、次はジェットコースターに 乗ってくれ』『了解!』アイディアはいい。でも現実は電波の状態が悪く、ガー、ガー、いうノイズと、たまに聞こえる「みなさん聞こえていますか」という聞き取りにくい声のみ。アイディアはいい。でも準備不足はいなめない。残念。

    谷垣のともだち(のともだち)
    • cocoroom会計スタッフ、谷垣なにがし、満を持して登場。 ココルーム内にある色んな物を使い、ともだち数名を召喚。全員でチューニングするところから始まり、曲の形になる前の状態を見せるかのようなステージ構成。音を出す行為=音楽という概念を打ち破ろうとするかのように インチキなニセアンビエントを、真剣な顔でアンビエント。うーん、実務と会計もアンビエント。人生そのものがアンビエント。

    ファルソス・ヒターノス(にせジプシー)
    • 東欧バルカン半島に伝わるジプシー音楽、虐げられた人々の魂の叫び「チョチェック」の伝導士として遠い異国の空の下、「にせチョチェック」をあやつる、妖術使い、「ファルソス・ヒターノス」登場。「ほんま好きなんや」という事が、ヒシヒシと伝わるいいステージ。一本気で、こうと決めたら突っ走る男「気をつけな。俺に触れたらやけどするぜベイベー」って、実は尻に火が付き、火の車。うーん、チョチェック。

    Enfance Finie(花嫁殺人事件)
    • 滋賀を拠点に活躍する鼻息芝居「Enfance Finie」登場。鼻息といっても、セリフが鼻息というわけじゃなくて、鼻息が感じられるくらい近い場所での芝居という意味。という 事は、役者にもお客さんの息使いが聞こえ、微妙な雰囲気がすぐに伝わるという事。何が起るんだと、高まる緊張感の中、琵琶湖を渡ってきた表現者達は、馴れない初めての場所での始めての公演に全力を尽くす。観客ビックリのどんでん返しもありP.P.P.P.トリに相応しい公演となった。




    2004/ 4/20

    高岡大祐(怪人チューバ男)

    • 「チューバを抱いた渡り鳥」高岡大祐登場。チューバ片手に今日は東に、明日は西に。ちっともジッとしていない落ち着きのない彼の演奏は、落ち着いているのかいないのかよく分からないボヨボヨッとした演奏。循環呼吸を利用して、ディジュリドゥのような共鳴音を出したり、手のひらで叩いたり、指の腹でひっかいたりして、様々な音を出す。チューバはでかいぜ。大きいぜ。ボヨヨン。

    森本アリ(怪人ゲーム坊主)
    • 「掃除機ありますか掃除機?」リハ時に掃除機を用意させ演奏する。遊んでいるんじゃなくて演奏。前回出演した時はゲームボーイを演奏し、観客の度胆を抜いた。演奏するはずのないものを演奏させれば、彼の右に出るものはいない。本番中も最初は落ち着いて座って演奏していたが、興がのって来るに連れ、中腰になり、そして立ち上がる。遊んでいるんじゃなくて演奏。ゲームボーイは楽しいな。ピコピコ。

    さゆ(電話局のまわし者)
    • 客席にテーブルと黒電話をしつらえ、ベルに始まる電話の歴史を時代と共に検証。遊んでいるんじゃなくて検証。途中、途中に電話の事を詠った詩を朗読する。遊んでいるんじゃなくて朗読。声を大きく、前に出そうと懸命に努力する姿に、会場に来ていた旦那さんの顔が、最初は険しかったのに、次第次第に、ニヤけてくるのが好印象。夫婦っていいなぁ。君がいたから僕がいた。また電話するね。リリリン。

    口八丁(ビヨビヨコンビ)
    • 怪人チューバ男 vs 怪人ゲーム坊主=口八丁。怪人二人組のゲルショッカーユニット登場。バカバカしい事を、真剣に、ハイクオリティで持続させる力と言うのは真似しようと思っても、真似したくない程のバカバカしさ。観客の、笑い出す直前の、大きく眼を見開き、口が笑い出す前の瞬間のみをキープする力技は、もう、脱帽ものの快感。口琴コンビにも関わらず、口琴は最後にちょっとだけ。ビヨビヨ。

    TOMY & MAC(ブルースロックの達人達)
    • この道一筋20年。石の上にも3年と4日。石橋を叩いて壊す。初心忘るべからずって言うか、初心のまま大きくなったんですけど.。という潔さがいい。もう、どうにでもしてっ、て感じ。「かっこいいだろう」とか、「どうだっ!」という、テクニックの押し付けではなく、好きだからこそ続けて来れて、情熱があればこそのテクニック。俺に流れる赤い血は転がる石のように。ギター、ギョーン!



    2004/ 4/29

    ORGAN(スーパーオーガニックミュージック)

    • ライブハウスやクラブイベントで活躍する電脳集団「ORGAN」登場。大量の器材を持ち込み、映像と音楽のコラボレーションにいのちをかける。セッテイングに時間が掛かるため、一番最後のリハ、トップに演奏とかなり無理をお願いしたが、逆境にたつ程エンジン全開。まだ外は明るいのに、会場はオールナイトのクラブ状態。若いっていいねぇ。

    田岡峰樹 with 正本智恵(モンゴル音楽)
    • 「趣味が高じた素人芸です。あまり期待しないで下さい。会社の同僚に何て言おうかな」と、終始和やかに出演が決定したが、本番ではモンゴルの伝統衣装に身を包み、二歳児の母を引き連れ登場。即興で、練習して来た素人芸を披露するのではなく、モンゴルの伝統楽曲を、解説を含めていねいに演奏。彼の地の人が見たら涙するに違いない。遠東の辺境の地で、こんなにも誠実に取り組んでいる人がいる事を。

    nova express(今回はMAXで)
    • nova expressと言えば、P.P.P.P.では映像とダンス、音楽との融合を試みる、かなり難しい顔をした人達。という印象が強かったが、お祭りと言う事で、出し て来たのは「スペシャルなテクノポップ」。普段は一言もMCしないのに、終始にこやかにMC「いやぁ、YMO大好きなんですよぉ」同世代の観客大喜び。幼い頃に心に蒔かれた小さな種は、リスペクトと共に大きな枝葉を繁らせる。歴史だねぇ。

    周川ひとみ(踊りをとめ)
    • 一人10分押し「周川ひとみ姫」登場。「私は私のやりたいようにやる」と、あいかわらずの芸術は爆発だ状態。一切のMC、BGMを排し、体躯の動きだけで40分持たせるところはさすがの実力。息を飲む観客の「ゴクリ」という音が聞こえてきそうな緊張感の中、静かに激しく舞い踊る。個人集客数、歴代第1位37名樹立。金字塔。ぐうの音もでません。

    福永祥子+はくさんまさたか(詩の朗読とその周辺)
    • 京阪神で活躍する吟遊詩人と、ディジュリドゥ奏者のユニット登場。とても大きな尺八のように見えるディジュリドゥに、「絶対山に籠って自分で作ったでしょう」と聞くのを忘れた。ファッション雰囲気共にただ者ではない二人組。「こんなに楽しいの、はじめて。楽しい楽しい」と子供のようにはしゃぐ福永。最後は友人達もステージに上がり大団円。

    よごいじだに(解体と進歩と膨満感)
    • 記念すべきマイノリティまつり第1日目。トリをつとめるのはcocoroomスタッフとNPO法人、[記録となんたらの組織REMO]理事によるデッチあげトリオ。「とりあえず客を笑わせるんだ」を合い言葉に招集するも、観客の真剣な眼差しに気押され、用意したボケをかませず、ちゃんとした演奏を見せようとするあまり、空回りの連続。地道なボケの向こうに未来はあるのか。