COCOROOM 特定非営利活動法人 こえとことばとこころの部屋
ココルームとは 事業内容 施設案内 イベントスケジュール 事業報告 スペシャル
     



←戻る
P.P.P.P.C.B.N.経過報告書 2004/7〜8

■“総合的”であることが目的ではない。その先にあるものへ 2 
 報告者:阿佐田亘(a.k.a.大和川レコード)

  • イベント自体が“総合的”である目的は…“出演者の芸”という対象の“提示の仕方、置き方”、これを実験できる処にある。
    さて、本テーマの後半だが、この場合、イベント全体における“出演者の芸”は、文脈中の一文の意味に例えられる。つまり、その文脈如何で文章の持つ意味が変化するように、前後の共演者のパフォーマンス如何によって、自らの表現が、甲にも乙にも捉えられるということ。これは1ジャンル、1出演者による単独企画では味わえない総合イベントならではの長所と言えるであろう。
    アーティストという存在は、極めて個人的な考えを公の場で発表することで、はじめてアーティスト足りえる。そして本来は、その“公”というフィルターにより、作品の解釈は観客に自由に委ねられるべきなのだ。しかし、その自由な認識というものが、我々の気がつかない間に、アートにおける常識や固定観念によって妨げられつつあるのもまた事実なのだ。
    だからこそ、P.P.P.P.C.B.Nで僕が試したいのは、総合的に表現をレイアウトすることで、1つの表現ジャンル(音楽、美術、映像、詩、ダンスetc…)での固定観念を壊し、観客の頭の中に先行するイメージをスライドさせてみる、組み替えてみる、という作業なのだ。
    “狂言”に出順挟まれての“フォークソング”が、なんだか錯綜しているかに見える様。
    実際に困惑、錯綜しているフォークシンガーの某氏…。ああ、何か考えているのかな…。
    最終的には、アーティスト自身も自らの表現を再編成できる場、そのような場となるイベントにしていけたらと思う、今日この頃である。



■……プディング斎(P.P.P.P.C.B.N.ディレクター)

2004/ 7/13

カコイヨシハル(BRIDGEブッキング担当)

  • BRIDGEギター四天王「第三のギター」、カコイヨシハル登場。自身のバンド[ZUINOSIN]での出演を要請したが、ココルームの音場、モニターの不備にバンドでの出演を断念。「無茶苦茶やってるように見えますけど、ちゃんと細かいとこまで妥協せずに頑張っているんです」と、固辞したあと、「でもソロなら、ココルームでやりたいことあるですよ」と、心の広いところを魅せる。「ブッキング大変ですよね」と、慰められちゃった。

STYLE(NPO法人理事ユニット)

  • 以前、出演した時は[NPO法人会計ユニット]だった。NPO総会でブチ切れ、「お前ら、領収書ちゃんともらえ!っていってるだろ」と怒鳴り散らし、「ごめんごめん、一番頑張っている人が、理事になるべきだよね。」と、後片付けの全然できない理事に言われ、振り上げた拳を、下ろすに下ろせず、自分の口に入れたという、伝説を持つ(ウソ)。「こないだ、ストリートしたんですけど、誰も、立ち止まってくれなかったんですよ。グッスン」と、僕、本当は弱い子なの。アピールも忘れない。がんばれ弥生会計。

OUI CIAO(真佐子帰って来てくれ)

  • うそつき親父ユニット「ウイ・チャオ」登場。仕事もせずにそんな事ばっかりやってるから、奥さん子供連れて、実家帰っちゃうんだよ。と、そのまんまの演奏。筆舌に尽くしがたいバカ丸出し。「おれの人生何だったんだよう。なぁ母ちゃん、帰って来てくれ」と、絞り出すヴォーカルは、涙なしでは見ていられない。客前で、こんな事してるひまがあったら、仕事しろよ仕事。と誰もが痛感する。人生をかけた傾城のパフォーマンスとは真にこの事。号泣。追:その後、奥さんは無事帰って来ましたとさ。めでたし×2。
     

空間悠々劇的(反応反射速攻即興)

  • お客から、その場その場でお題をもらう[即興芝居]という、実験を試みる集団、「空間悠々劇的」再登場。ココルームは2回目、ということで、ちょっと趣向を変え、Ver.1.01にパワーアップ。前回のような慌てふためき(演出か?)はなかったが、じっくり見せようとする気負いの為か、客の意見を聞きすぎるように感じた。真面目で誠実に、一生懸命取り組むあまり、全員が反省会のように、直立不動で客の言葉に耳を傾けている姿は一種異様。「客を無視して期待を裏切れ」とはいわないが。何か+αが欲しい。



2004/ 7/18

うつろいゆくもの(名もなき修羅)

  • BM企画第1弾「うつろいゆくもの」登場。会場を過去の新聞で覆い、現在でも過去でもないどこかを演出、これから生まれるかも知れない新しい表現を模索する。意味不明の実験をP.P.P.で見せると言う点に関して、多くの表現者達から出演を断られた。過去出演した表現者をピックアップして、企画としてのコラボ、お友達の交流会に納めてたまるかと、いう想いは、8/16の「いつわらざるもの」に結実した。御期待していただきたい。ココルームはやっぱり変だ。

亜子米(羅漢仁王詩の覇者)

  • きっとこのレビューを見ているに違いない。自身の詩を中国語に翻訳し、中国語で朗読。前回出演時に感じた田舎臭さや野暮ったさは欠片もない。確実に客前での、板の上での表現力を身に付けて来ている。本人知らないと思って「羅漢仁王詩」とか、適当にキャッチコピーを付けてふざけていたがとんでもない。「羅漢?仁王?ふーん。じゃあ、こんな切り口もありますよ。」と、違う土俵でも相手の思惑に合わせてみせる。つまり、それだけ応用力がついているという事。驚愕。

勝野タカシ(テクニック大王)

  • 京都が生んだくねくねギター、「勝野タカシ」氏再登場。「今日来る前に夕立ちに降られるわ、電車に乗り遅れるわ、でもう大変。おまけに外がこんなに明るいうちから、俺に演奏させるとは!!」とかなりお怒りモードで演奏発進。最初は叩き付けるような激しいタッピングと、唸るようなシャウト。途中で舞台降りちゃうんじゃないかと心配したが、演奏を続けるうちに、あれも聞いて欲しいこれも演りたいと、御機嫌回復。最後はニコニコで朗読まで披露。いろんな事との折り合いをつけきれぬ不器用さと、楽曲にそそぐ愛情を痛いほど魅せる。

井崎能和(はげドラム)

  • P.P.P.P.最多出演記録保持者「はげドラム」井崎能和、遂にソロでの登場。「ソロだもんね。もう、やりたいこと、みんなやるもんね」と、いきなり歌い出す。もう誰にも止められない。完全に目がいっている。某ビックアップルで、突然、弾けもしないギターを担いで現れ、目茶苦茶なフォークソングを絶叫し、客を再起不能なまでに退かせた伝説の再演こそなかったが(このエピソードはのちに禁じ手となった)、勝るとも劣らない、バカパフォーマンス。もう、もてたいとか、格好いいと思われたいなど微塵も感じられない。潔さの井崎。その演奏には一片の曇りどころか、毛根のかけらもない。超絶。すごい。必見。

江剛成(あのころはもっと純粋だった)

  • 『名も知らぬ花のうた』管楽器デュオ「江剛成」再登場。生まれて初めて聞くのに、どこか懐かしい、やさしい調べは、胸を締めつけるような純粋さで、大人の悲しいこころに、ひとしずくの潤いをあたえる。幼い頃の、経験したはずのない記憶を呼び起こすような演奏に、「俺、子供の時もっと純粋だったよなぁ。こんな大人になりたかったのか?」と、いい歳をした親父を反省させ、「もうちょっとだけ、人にやさしくしよう」と思わせたのは凄いっていうか、俺は誰なんだ。

LOVEDLOVED(ロケンロー)

  • きっとこのレビューを見ているに違いない。「今日は終わんねえぞ!」と、開口一番宣言し、予定時間が来ても終わらない。「終わらないと、言ったら終わらないぞ」と押し押しで突っ走る。いたずらっこ魂炸裂。紅一点のドラムスは、[怪人井崎] に触発されたのか、いつになくブッ飛びな演奏、音がでかいし、格好いい。井崎氏のソロの時に、まるで今、自分が演奏してるんじゃないかと思うくらい、ノリノリでリズムを取っていたのがほほえましい。いいねぇロック。今度生まれる時はロックに生まれたい。演奏も許容範囲2曲押しで終了、何かいいなぁ。



2004/ 7/27

谷川修一(素人芸)

  • 「何をするか本人にも分からない男」、谷川修一再登場。金を貰って客に見せる=見せ物になる。というのはどういうことかを体現してみせる。パーソナリティ、個性というものは練習でどうにかなるものではない。芸の深み、表現の極みを晒すべく奮闘するが、客の心を掴む難しさを証明。歌がうまいから歌手として、ダンスがうまいからダンサーとして成立するわけじゃない、上手下手を越えたところに魁はある。がんばれ、素人芸。

echo light(音響系ギターパフォーマンス)

  • 「毎月一回登場する男」、echo light 3度目の登場。相変わらずのトホホぶり。「普段、バンドでは、もっとかっこいい事、やってるんですよ。本当ですよ。」と、言い訳から始めるが、展開はいつも通りのお約束。「まるで面接に来てるのか。」と、ツッコミたくなるオドオドぶりと、空間を彷徨うギターの音色より、うつろう目の泳ぎぶりは健在。ところどころに「これは、MDです」と小ボケをかます。がんばれ、音響系。

SUMIDA(ぼうず二人組)

  • 「出演過剰男二人組」、SUMIDA 再々再々登場。登場し過ぎる二人組は、手を変え品を変え「P.P.P.P」に出現。「お前ら他に出るところないのか」というツッコミは、言いっこなし。スケジュールを確認したら、二人とも結構忙しく(あたりまえか)、何とか調整した上での登場。ここまで真摯に、ハコに深い理解と愛情を持つ出演者に恵まれるというのは、ハコ冥利?に尽きる。感謝感激ひげぼうぼう。がんばれ、ぼうず二人組。

Gadget(見たような聞いたような)

  • 「タライや洗濯板を演奏する男の集団」Gadget登場。金ダライにワイヤーと、モップの柄で手作りした「ウォッシュタブベース」、ブリキの洗濯板に小さなボウル、自転車のベルを取り付けた、「ウオッシュボード」等、見た目、音色、演奏形態など非常にコミカルなバンドだが、決してコミックバンドではない。郷愁に満ちた、どこか懐かしい、やさしい演奏で、客の心を掴む。がんばれ、田舎のバス停留所前四人組。




2004/ 8/10

M(日本語アカペ裸ップ)
  • 「ピス、ピス、ピス、、、。」BGMなし、言葉の羅列のみで勝負するラッパー「M」登場。「うわぁー!」という絶叫から始め、観客の気持ちを引き付ける為に奮闘する。この日の為に練習、一杯、して来ました。と、いう感じがよく伝わる微笑ましいステージ。始めての客前での表現という事で力が入り過ぎたのか、抑揚少なく、一本調子になったのが惜しい。道はこれから。戦え、アカペ裸ップ!

梶谷友美(こわい話)

  • 文芸界からの刺客「梶谷友美」再登場。きっと「こわい話」マニアに違いない。前回に引き続き今回もこわい話。お盆に起きた、幼い子供の不思議な体験を演出するが、気負いのためか、最初の時点でセリフを噛んだのが痛い。また、BGMとの同期に気を使うあまり、前回のような客席、舞台を巻き込んだ、大きな動きに欠けた。よくできたラジオドラマを聞いているよう。作品のクオリティだけでは客の心は掴めない。魅せ方の難しさを痛感。戦え、こわい話好き!

新世界文楽実行委員会(文楽からの刺客)

  • 国立文楽劇場で伝統芸能として「人形浄瑠璃、文楽」を継承、披露する本物登場。ステージの天井が低い為、人形を持ち込む事を断念。高さが合えば、国宝の人形を持ち込む勢いだった。「本物が芸を披露する以上、本物をやる」と、素浄瑠璃という形での出演。「あの、P.P.P.というのは、ばかイベントですよ。いいんですか?」と何度も説明した。当日は、自分で手作りした床本=分かりやすく解説を付けた台本まで用意し、誠心誠意、真っ当に一表現者として、その芸を披露。終演後「いやぁ、おもろかったなぁ」とニコニコ。くだらない場所の、ばかイベントに出演したということで今後、波風が立つんじゃないのか?大丈夫か?本当にいいのか?戦え、文楽!

想い出迷子(忘れた)

  • ひとりギターオーケストラ「想い出迷子」再登場。迷子になったまま3年帰らず、そのままよその子になっちゃいました。僕との事はいい思い出にしてねチャオ。というあいかわらずの自己完結ぶりは健在。どこまでがチューニングで、どこからが本番?いつ終わったの?と、P.A.殺しの本領発揮。無音状態を効果的に使うというか、「むぉ〜ん」という感じ。いいなぁ、ひとりギターオーケストラ。戦え、無音!

トルエンサンセッツ(思い出せない)

  • 何がしたかったのか思い出せない三人組「トルエンサンセッツ」登場。「照明は真っ暗にして下さい。で、舞台上手のテーブル上のグラスだけにスポットライトを。」と、意味不明の注文。演奏途中で、何度か水を飲む為にメンバーがウロウロ移動するというパフォーマンス?をみせるが、やはり意味不明。おもしろいでしょう?とかどうだ、と言う以前の、企画落ちの前の落ち?みたいな微妙な感覚。何がしたかったの?という質問はここでは無意味だ。戦え、記憶喪失三人組!